MERU(2014)観た

ネタバレ含むので注意。

ヤベエ山ってこういうことか〜〜〜!!!って叫びたくなった。 どう考えても死にたがりの所業にしか思えないのに、映像の中の彼らはずっと現実的だったのですごく不思議な気持ちになった。死なないように、生き延びられるように、家族を悲しませないように、友を守れるように。登山中のそれぞれの目的は当然に思えるのに、その最終到達点だけがちぐはぐにおかしい。山頂を踏む、という野望だけが。

ライミングの映像って、初めて見るときは何やってるのかあんまりわからなくて、知識をつけていろんなのを見てるうちに本当はこの人たちがどれだけすごいことをやってのけてるのかということが理解できるようになると思うんだけど、今の私はまさにそのチューニングがようやく合ってきたところだったりする。TRPGで登山シナリオのリプレイ動画を観たりキーパリングしたりした経験から始まって、実際のアイスクライミング動画で肝を冷やして登山漫画で山ご飯に涎を垂らして……そうしてぼんやりと”山というコンテンツ”の輪郭が見えてきた。 だから三人でビレイを交代しつつ、ミックス帯の垂直登板、嵐がくれば何日もポータレッジで停滞、最後のアタック目前で撤退判断、というイメージも知識としてはあって、だけどそれを映像で見ることで、そうか、知識として持っていたあの要素はつまりこういうことなんだ、と膝を叩く場面が多くあった。 ミックス帯と言われても、垂直の崖に雪があるのは何故だろうと思ってたけど、なるほど横殴りに雪嵐が吹くからだ、とか。 雪崩が起きるとどんなふうに巻き込まれてしまうのだろうと思ってたけど、こんなに人間って小さくて、何の抵抗も意味がないんだ、とか。MERUの中盤にあった、雪崩に巻き込まれて無傷の人間目線の映像、実のところものすごく貴重なんじゃないだろうか。 ポータレッジで数日過ごすなんて字面にしたら簡単だけど、本当は崖に宙吊りのテントの中に、50時間100時間、気の遠くなるような時間閉じ込められるということだったんだ、とか。最後の挑戦でレナンの調子が悪くなってしまったとき、あのテントの中の凍りつくような空気、見ているだけで耐えられない気持ちになった。

新しく知ることも大量にあった。 まず考えれば当然のことだけど、ひとつの山でも登山ルートがたくさんあって、新しいルートを開拓することがすなわち新しい登山にあたることもあるのだということ。 夜は当然眠るものかと思ってたけど、むしろ冷えて雪が凍り、登りやすくなるから夜に動くこともあるのだということ。 こんな高所でも煙草を吸うひとがいるということ。高山病のリスクもパッキングのリスクもあるだろうに、それでもたばこを吸っているシーンを見てこれはこの人たちが死と向き合うのに必要なものなんだと感じた。炙ったチーズと同じくらいに。 それから単純にヒマラヤ・メルー峰を初めて知った。こんな何の取っ掛かりもない突起を山と呼ぶべきなのかと思ってしまう。でも登って、頂点に立てるんなら山なんだろうなあ……。

余談だけど、クトゥルフ神話TRPGシナリオ『狂気山脈〜邪神の山嶺〜』のNPC、ケヴィン・キングストンのモデルはひょっとするとコンラッドなのかもしれないと思った。少なくとも4人用改訂版のハンドアウト4の発想はコンラッドと相棒のアレックスから来ている気がする。この二人の描写は心を打った。偶然にも昨日私が考えた新しいTRPGキャラクターが、相棒がいる登山家の設定だったので、”並び立つ双耳峰”の運命を思ってしんみりしてしまった。 MERUを観たことで同シナリオ作者の本家リプレイ動画に出てくるキャラクターやロールプレイの元ネタが一部わかるようになったので、そちらも是非もう一度見返したいと思った。神々の山嶺を読んでからのほうがより一層面白そう。

映画の感想に戻る。 コンラッドが最初の登頂者をジミーに据えたのには驚いた。この映画はコンラッドがメルー初登頂の夢を叶える物語だと思っていたから。だけどその後のコンラッドの言葉で、彼はマグスとの約束、そしてアレックスへの懺悔(この言い方はコンラッドにもアレックスにも失礼かもしれないが)をそういう形で果たしたんだと感じた。コンラッドとジミー両名にも、10年も組んでいたのだから、映像に載りきらない想いがたくさんあるはずで、その関係性の太さを見たようだった。 そこでレナンの、登頂時の言葉が一番胸に刺さった。俺もその一員だ、という。 中盤の、レナンの事故の映像編集は見事だったと思う。本人の別撮りインタビュー映像が出て話しているのにも関わらず、あまりの凄惨な怪我にこれは死ぬだろうとハラハラした。そこからの復帰はジミーが雪崩から生還したのと同じくらい奇跡的なことだろうと思わされた。実際すごいことなんだろう。映画になってるわけだから。 しかも名作映画に。

この映画はドキュメンタリーではあるけれどもかなり物語仕立てで見やすかった。山の景色は当然ながら美しく、また本来ならノイズだらけかもしくは無音であるところの映像にも音が後付けで載せてあり印象深い。初めて観る本格的な登山映画として人にも勧められる作品だということがしっかりわかった。 観てよかった。